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COME G HEAD

COME G HEADのイメージ撮影を担当致しました。ヘアーカラーやデザイン、その人に今一番合う(必要とする)スタイルを提供するお仕事。何を今ゲストが望んでいるのかを理解しつつ、最終的にはカットやカラーリングする作り手の感覚が問われる世界。大袈裟かもしれませんが髪の毛一本、一本の流れまでこだわり抜く姿勢に、とても感銘を受けました。

小さな事でもとことん追求する事、そしていつでも物事を柔軟に考えれる事。僕達もそんな人でありたい。

Design
  • Takenori Sugimura ( OVAL )

秋の色

秋が近づいてきた頃。二人の好きな阿蘇の大草原で、ゆっくりとゆっくりとまた記憶が蘇るように結婚の写真を撮影しました。

これから新たに共に歩んでいく二人の姿は、金色にひかる草原のススキのように強く、美しい光景でした。

くまもとの家と暮らし

くまもとの家と暮らし2020Autumn「特集 食卓はうたう」撮影担当致しました。

料理の見え方、味わいまで変わる器の世界。聞けば聞くほど深く、面白い世界です。

Edit and text
  • Azusa Fukunaga
Design
  • Takenori Sugimura ( OVAL )

青藍に浮かぶ月

バックパック1つで世界中を旅をしたある1人の女性の本を読んだ。そこには旅を通して出会った人や食べたものなど彼女の“過ごした時間が日記のように書かれてある。

その本はにはまさに彼女が力強く生きた「証」が記されていた。

旅の中での一説でサハラ砂漠での出来事に、彼女が感じた情景に深く感動し自分は見たことのないサバクの世界に心が震えた。

暗闇と静寂に包まれた夜の砂漠から

目を覚ました太陽が今まさに起き上がろうとする瞬間。

砂漠に広がる朝のあたたかい光の中移り行く時間の中で何か調和を計るかのように上っていく太陽。

想像しただけで彼女が感じたその世界を見てみたいと思った。

今まさに見ている一つの風景は砂漠こそ違うが、目を閉じればそこに広がる世界は同じなような気さえする。

もうすぐ青藍のような空に浮かぶ月が隠れ、夜明けの山々は自らの美しさに気づいたかのように太陽の光を浴びて起き上がる。

h/m

憩う

朝晩と涼しくなりすっかり秋らしくなりました。近くの田んぼのカエルの合唱もいつの間にか聞こえなくなり、稲刈りを終えた田んぼも暫し一休み。人もまた同じく、たまには休むことも必要ですね。休憩したらまた気持ち良い汗をかいて、歩んでいくのみ。疲れたらまた一旦お休み。

先日思い立って妻と二人で高千穂に行ってきました。高千穂には何度か足を運んだことがあるのですが、丁度その頃、高千穂にまつわる神話の本を読んでいたので、見方が変わってとても面白く興味深く観察できました。道中地元の方々との何気ない会話や挨拶が清々しく、今日はここに訪れて良かったと思いました。まだまだ知らないことで溢れていると思うと、明日が楽しみになってくるようです。

h.

紡ぐ

その空間に足をはこんで自分の目で見て触れて感じる事で、その人がどのような想いや風景の中でモノを作りだすのか?そこにある物語りは何か?その人が紡いできた人生に思いを馳せるのが一番楽しい。

その人やモノがもつ目には見えない大切ななかみをちょっとだけ覗いてみたような気持ちになり、幸福となる。

星の王子さまにでてくるキツネが伝えたように、—ものは心で見る。肝心なことは目では見えない。—費やした時間の分だけキミにとって大事なんだ。—

同じ時間を過ごし、大事にすることで改めて本当のよさがわかってくる。いつまでも真理を忘れないように。

m.

samulo

samulo展 – jewelry exhibition – at Re;li

Re;liさんにて先日開催されましたsamulo展 jewelry exhibitionの撮影を担当させていただきました。毎回samuloのデザイナー宮本さんとRe;liさんの作る空間に心揺さぶられます。色んな気づきを与えてくれます。今回の展示では天井から吊るした流木を組んだオブジェにジュエリーを装飾するものでした。この展示方法によって誰かがジュエリーを手にしたとき、オブジェにゆっくりとした揺らぎが生じます。この揺らぎが僕にはなんとも心地よく感じました。不規則な動きというか、流動的なものに惹かれるのだと改めて気付かされた展示でした。

先日ある作家さんとお話する機会があり、そのお話がとても興味深く僕の中で腑に落ちた点がいくつもありました。感じては自分の中に落とし込み納得し、固めることは無く、また新しく感じたことを受け入れ自分の中に落としこむ。自分の芯となる部分は大切にしながら、時には強く硬く結びつつ、いつでも自分の手で解くことができるような自分でいたいと思いました。

h.

 

家族写真

写真とは不思議なもので、シャッターを押した瞬間からそれは過去となる。そこにある「今」は、時の流れによって少しずつ過去の思い出となってゆく。常に流れている一部分を写真に記録しているのだと思う。縁があって写真を毎年記録している家族も、何かの記念に記録している家族も。またこれから出会う家族も。

一つの流れる時間の中で、其々の家族のかたちに出会い、そこにあるありのままの「家族」を僕は記録として写真にのこす。ふっと思い出して写真を眺め、「こんな時間があったなぁ」と思い出してもらえたなら、これほどに嬉しいことはないと思う。

遠い記憶の中から、いつでも探し出せるように。

h.

 

 

空間

物体が存在しない空の所にあらゆる方向への広がり。この空間に、自分の想いや、イメージなどを物体と共鳴しながら思い描き一つの「空間」を作り上げる。

モノ(作品)を作る中でありとあらゆる自分を駆使して表現しまたそこにある空間に自分を投影する。モノの見せ方やそれが持つストーリーを感じさせる空間を作ることで、作り手の想いが伝わる空間となる。空間全体で感じる事で、想像が膨らみ、その世界に自分もいるような気さえもしてくる。感動しずっとそこに居たいとも思う。

言葉で表現するのは難しいが、誰かが作る「空間」を目の当たりにすると、いつも妄想が止まらなくなるのです。

h/m

はじまり

スケートボードに出会ったのは中学一年くらいの頃。ある日、兄が突然一台のスケートボードを持ち帰ってきた。ボードは当時僕が知っているバックトゥーザフューチャーという映画に出てきた空飛ぶスケートボードのそれとは違いタイヤが4つ付いているボードだった。一緒に持ち帰っていた雑誌にはボードに乗った彼らが街中の階段や手すりを爽快に滑っている様子が格好良く写真で切り取られていた。驚くのと同時に凄く格好いいと衝撃が走ったし、スケートボードをやってみたいと強く思った。それがきっかけとなり映像や写真にも興味を持つことになった。

それからすぐに友達を誘い、兄から譲り受けた古いボード一台を友達と貸し借りしながら朝から晩まで練習した。数ヶ月練習を繰り返したのちに、夏休みのバイト代を貯めて初めて自分のボードを買った。チョコレートというブランドのマイク・ヨークモデル。マイク・ヨークはボードを買う前から雑誌やビデオで何回も観ていてその当時僕が一番大好きなライダーだった。大きなTシャツに太めなジーンズ、ブルーのキャップ。僕もしっかり見た目を真似をしたほど崇拝していた。

そんなスケートボードと同じくらいその当時に好きになった物が、スケートボードマガジンとビデオだ。マガジンにお気に入りの写真があればハサミで丁寧に切り抜いて部屋中の壁に貼った。眠る前にも見れるようベット上の天井にも貼り、毎日それを見ながら眠った。ビデオはとにかく何回も何回も観た。何回観ても何故か飽きなかったし、テープが切れかけるほど観たせいで家のビデオデッキにテープを詰まらせて壊してしまうほどだった。そうなると今度はスケート仲間の家に行って、また同じように何回も何回も観た。今考えるととてつもなく迷惑をかけてしまったと猛省している‥。それくらい僕はスケートボードに夢中だったし、それを切り取った写真や映像にも夢中だった。

そんな日を繰り返しているうちに、自分がどんな写真が好きなのかある時気付いた事があった。格好良く撮られた表紙や、トリック(技)を披露している写真よりも、本の間に入ってくるインタビュー記事的な写真が好きだった。スケーター同士が喜び抱き合っていたり、撮影した映像を数人で確認していたり、休憩中にコーヒーを飲んでこちらを見てたり、スケーターのオフな部分、スケートボードを通しての見える彼らの背景のような写真。(舞台でいうならばバックヤードといったところだろう)そういった写真に心惹かれるようになっていたし、コーヒーを飲んでいる写真は特にお気に入りで部屋の一番良く見える所にずっと貼っていた。

この時に感じた好きは今も変わらず、「もの」そのものというよりは、出来上がるまでのストーリーや、背景、人となりが見える部分が写し出されている写真には相変わらず心惹かれる。大人となった今でもスケートボードは続けている。(おかげである時は鎖骨を折りそのときばかりは妻にこっ酷く叱られる始末だった)以前に比べて滑る時間は遥かに少なくなったが、スケートボードに乗ると当時の止まらないワクワクが蘇ってくる。ただ好きだから乗っているような、原点回帰したような、その両方だと思う。

先日も車を走らせていると、河川敷に角度の良いバンクを見つけた。ドロップインするには少々度胸を必要とする角度だ。いつでもそうやって目が行ってしまうある種の如何しようも無い「くせ」に今日もまた一人胸をおどらせている。時間ができたらあの時から交流のある二つ上の先輩を誘ってトライしてみよう。大人になった今でもスケートボードというものに、僕は完全に魅了されているのだ。

h.

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